デザートは東芝アップル
- 鉄太 渡辺
- 1 hour ago
- 4 min read
2026年5月23日

メルボルンが秋だからということでもないが、りんごを煮て、晩の食後に食べている。安いりんごを買ってきて乱切りし、少し水を入れた鍋で煮る。甘味は入れなくても、十分甘い。ただ、それだけだとつまらないから、シナモンの粉を多めに入れて煮る。
これを我が家では、「東芝アップル」と呼んでいる。由来は、マリーナ・レヴィツカというイギリス人作家の『おっぱいとトラクター』(集英社文庫)という小説に出てきた食べ物だ。この本の主人公は、「ウクライナにおけるトラクターの歴史」という変な本を書くことを老後の生きがいにしているウクライナ人の元エンジニアのじいさんだ。このじいさんは変わり者で、いろいろおかしなことをするのだが、そのひとつに、毎日のように東芝製の電子レンジでリンゴをチンして食べることがある。それを家族は、「東芝アップル」と呼んで忌み嫌っている。このじいさん、トラクターだけでなくて若い女も大好きで、東ヨーロッパ出身のいかがわしい巨乳の女に手玉に取られ、この女を自宅に住まわせたばかりか、イギリス永住のビザ取得にも奔走して、家族が大迷惑をこうむる。

私は、このじいさんにどこか共感するところがあって、東芝アップルを毎日のように食べるようになった。ただし、レンジでチンだと美味しくないので、鍋で作っている。シナモンを入れるのも私のアイデアだ。キウイや桃、イチゴを足したりすると余計美味しい。おかげで、妻も週末に遊びにやってくる娘夫婦も、我が家はみんな東芝アップルが大好きである。

さて、読書の話を続けるが、この前のブログには、私の伊東の家がある場所に、青山二郎という伝説の美術評論家で骨董の目利きが、第二次大戦中から戦後にかけて住んでいたことを書いた。そのせいで私は、この二ヶ月ほどは青山二郎の著作を読んでいる。メインは『青山二郎全文集(上と下)』(ちくま学芸文庫)や『鎌倉文士骨董奇譚』(講談社文芸文庫)といった本であるが、こういう読書は、なかなか骨が折れる。文章が難解である上、私は陶器とか骨董とか茶道に関して全く無知だからだ。こういう本を読んでいると、途端に瞼が重たくなってくる。そこで、朝のまだ頭脳が新鮮な時間帯に、少なくとも10ページずつは読むことにして奮闘している。

文章が難解なだけでなく、青山の本は漢字使いが難しい。最初は、読めない漢字は飛ばしながら読んでいたが、そうすると分からないものが、余計に分からなくなる。そこで、何十年ぶりに漢和辞典の『新字源』を持ち出し、これをめくりながら読んでいる。こんな面倒なことをするのは、本当に久しぶりなのだが、渋々やっていたら、段々と辞書をめくる喜びが蘇ってきた。
読み方が分からなかった漢字をいくつか挙げてみる。
「懶ける」「斯くいう・斯の」「拵える」「愈々」「弄ぢる」「誹る」
答えは、「なまける」「かくいう・この」「こしらえる」「いよいよ」「いぢる」「そしる」である。
思い返せば、日本にいた30年前は、私は大学の英語教師だった。私のような未熟な英語教師でも、毎日は言葉との戦いで、日々英和辞典、和英辞典を引くのが仕事だった。電車の中でもどこでも、辞書を片手に英単語を引いていたが、仕舞いには、ほぼ一発で探しているページを開けるようになった。同僚の英語教師のWさんの口癖は、「オレたちはプロだからな!」だったが、辞典のめくり方については、私も自分がプロだと思えた。今では、そういう「技術」も無用になってしまったが。

英語教師だった私は、漢和辞典はあまり使わなかったが、今回しばらく使ってみると、漢字の読み方が分からなくとも、部首や画数で漢字が探せる『新字源』の使い方が分かってきて面白くなってきた。そのせいか、朝10ページだけ読んでいるだけだが、青山の文章もいくらかは頭に残るようになってきた。今度日本に帰ったら、日本の陶器や骨董などについても、博物館などに足を向けて、少しは鑑賞してみたいものだ。

こんなことをやっていても何の生産性もないのだが、自分の生活が少しだけ豊かになった気がするから不思議だ。東芝アップルの淡い甘みも乙なものであり、こうした素朴な楽しみも悪くないものだ。




Comments