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黄門様御一行の東伊豆サイクリング


2026年1月

K学園同窓会サイクリング部の2026年走り初め

 

2026年1月某日、我々K学園同窓会のサイクリング部は、今年初のサイクリングを挙行することになった。コースは、私の日本での滞在先である伊東を起点とし、川奈と伊豆海洋公園を経て伊豆高原までのおよそ20キロ弱の往復だ。

 

待ち合わせは伊東駅朝9時。私は伊東に住んでいるから、余裕のヨッちゃんで7時に起き、ゆっくり朝ごはんを食べていた。するともう8時には「伊東到着!」というメッセージがY木からきた。Y木は東京の世田谷に住んでいるくせに、伊東在住の私よりも早く伊東駅に着くとは驚いた。慌てて納豆ご飯をかきこみ、自転車に飛び乗って伊東駅に向かった。すると、NN子が軽々と自転車の入った袋を担いで歩いてくるではないか。NN子は川崎だから、彼女にも先を越されたことになる。本当は、「みんな遠くからご苦労さん!」と、にこやかに全員を伊東駅で出迎えるつもりだったのに全く迂闊だった。

 

次の電車で、すぐにT村も登場。あとはS倉が、「黄門様」ことT屋先生を連れてくるのを待つばかり。S倉はT屋先生を車に乗せて沼津からやってくることになっている。待つこと30分、二人はやや遅れて到着したが、どこかで朝の渋滞に巻きこまれたらしい。それでも9時半には全員集合できたのだから優秀だと言わなくてはいけない。

 

 

本日の目標

 

さて、本日のルートは、上にも書いたように、伊東から伊豆高原まで走り、お昼を食べて引き返してくるという単純なもの。片道20キロだから、足の速いライダーならば午前中で終わってしまうコースかもしれない。しかし、我々はアラ60歳、黄門様に至っては85歳だし、途中には坂もあるから、優に丸一日かかるだろう。とは言っても、我々の中にも足の速いY木やNN子のようなメンバーもいる。Y木は週に二回はジムに通って体を鍛え、さらに家でもローラー台で週に200キロは走っているらしい。恐ろしいことだ。NN子も2台のロードバイクを所持し、湘南方面をあちこち風のように突っ走っているという噂がある。そう言えばS倉も、実は昨年ハワイで半年間の自主強化合宿を行っていたのを忘れていた。今日乗っているのは、ハワイで購入したアメリカ仕様の最高級電動アシスト付きロードバイクだ。言ってみれば自転車版フェラーリである。だから、足を引っ張るとしたら、私とT村とT屋先生なのは間違いない。

 

今日は気温も低いことだし、足が攣るかもしれない。だから、とにかくゆっくり走ろうと打ち合わせる。K学園同窓会サイクリング部部長であるT村は、「サイクリングはさておき、今日の一番の目標は、T屋先生を無事におうちに返すことだ」と厳かに言った。それには皆も同感だった。

 

何事も数値を挙げて説明したがるY木がさらに強調する。「年齢に適切な心拍数は、220から年齢を引いた数値の、さらにその80%くらいだ。T屋先生の場合は110くらいが関の山で、それ以上になると危険だ。心拍数が高くなったらヤバいから、坂は無理しないで自転車を押して歩くことにしよう」

 

「でも、どうやったらT屋先生の心拍数が分かるのさ?」と私。

「オレは、これで自分の心拍数をモニターしているから、それで大体見当をつける」と、Y木は、指にはめた秘密兵器を見せてくれた。それは、昔よく反社会的な仕事に従事しているおじさんたちがはめていたような太い指輪だった。だが、それはそういう指輪ではなくて、スマートリングと呼ばれる電子機器なのだった。スマートリングはアップルウォッチや携帯に連動していて、カロリー消費や心拍数、それに睡眠の深さなどを図れる優れものだ。トイレの回数なんかも記録できるのかもしれない。

「おお、それさえあれば大丈夫だ」と、皆からドヨメキに近い称賛の声が上がった。これでT屋先生の心臓麻痺は事前に防げるはずである。

 

 

最初の関門は川奈の坂

 

かくして、我々は意気揚々と伊東駅を出発した。海岸沿いを走ると20分ほどで川奈の漁村に出た。「箱根の山は天下の剣」と言われるが、本日我々にとっての最初で最大の難関は、この先の心臓破りの険しい坂だ。最大勾配10%くらいはある。実は準備段階から、私はT屋先生がこの坂を登坂できるかどうか心配だった。心配のあまり睡眠不足になった。だから、一週間ほど前T村に、「あの坂、T屋先生は大丈夫だろうか?どこか坂のない平坦なコースに計画変更した方が良いのではないか?」とメールした。ところが、T村はいつもの無責任な調子で、「先生が文句を言っているわけじゃないし、このコースでいいんじゃないの?いざとなったら、その時考えればいいよ」と返事をよこした。そこで私は、T屋先生にもしものことがあったら、その責任は全てT村に負わせることに決めた。おかげでまた安眠できるようになった。

 

今日は、川奈についたら、坂の麓で一息入れてから登り始めようと私は考えていたのだが、思いがけず、先頭を走っていたT屋先生は、全く止まらずに登り始めた。登りながら、「何だ、この坂を上るんだって?ウヒャア、こりゃあ、えらい坂だで、とにかくこういう坂は早くのぼっちゃうに限るずらよ、それにしても急な坂だな、こりゃあ大変じゃあ!」と言いながら、苦しそうに登り始めた。我々は慌てて追いかけて、「あ、ご老公様、お待ちください、我々と一緒にゆっくり登らないと心臓麻痺を起こしますぞ!」と続いたのだった。

 

すぐにT屋先生もめげて、「いやあ、こんな急坂は登れないわぁ。だめだぁ、こりゃあ!」と、自転車を降りた。我々は、「ああ、良かった。先生、無理せずに押していきましょう。押したって恥ずかしいことなんかありませんよ、誰も見てないから大丈夫ですから」と、全員が自転車から降りて、ぞろぞろ歩いて登った。この坂は2キロくらいあるから、登り切るにはけっこう時間がかかった。先生は歩きながらも、「いやあ、この坂はえれえよ、自転車押して登るのだって大変ずら、ウヒャア、ウヒャア」とか言いながら歩いていた。

 

考えてみれば85歳の老人だったら、手ぶらでこの坂を登るのだって大変なはずだ。なのに私たちの老恩師は自転車を押して歩いている。それを私たちは笑いながら見ている。もしかしたらこれは老人虐待かもしれない。私たちだって若くはないから、老々虐待ということになる。

 

 

教育者の鏡、T屋先生

 

ところが、どうしてどうして、T屋先生は、この後も元気に19キロの道のりを走破した。先の富戸や伊豆高原のあたりにも、結構手強い坂が3、4箇所はあった。その度に先生は、ああだこうだと不平を言いつつも、笑顔を絶やさずに走っていたから見上げたものだ。これから20年先、私たちが85歳になった時に、果たして同じように自転車に乗って(あるいは押して)、笑いながら坂を登ったり降りたりできるのだろうか。甚だ疑問である。でも、そんな先生の姿を見ていると、我々も頑張ろうという気になってくる。そう考えると、先生は85歳になってもまだ立派に教育者としての役割を果たしていると言えるだろう。すごいぞ、T屋先生!!

 

途中で吊り橋を渡ったり、灯台から景色を見たりして寄り道したので、伊豆高原駅に着いたのは12時すぎだった。10時ごろに伊東駅を出発したから、19キロ走るのにたっぷり2時間かかったことになる。だが、血圧も心拍数もまずまずで、足も攣らずに伊豆高原駅に到着できたのだから、上出来だろう。

 

私たちは、昼食を食べるべく、駅の中の信海という食事処に入った。昼食時であるから、店は混んでいる。「すみません、お料理の準備に少々時間を頂いておりますぅ」と店の人は申し訳なさそうだが、私たちは一向に構わない。

 

着席して、まず何を食べるか協議するが、ここに各々の人生観が表れるから面白い。私とT村は、すぐさま「アジフライ定食!」と決める。坂をいくつも登ってお腹が空いたから、ガッツリ食べたいのだ。油分とコレステロールは高めだが、食べたいから食べる、それでいいじゃないかと言う哲学だ。T屋先生もアジフライ。長生きの秘訣は、細かいことにはこだわらないというお考えだろう。NN子は干物定食だ。走り屋のスリムな女子にアジフライは似合わないし、アジフライはお腹にもたれるからだろう。干物は、アジフライよりもカロリーと脂肪分は低めだが、塩分は高い。塩分は血圧に良くない。我々のことをジロッと見たY木は、「オレは揚げ物は食べないからね。それに塩分高めも良くないんだ。血圧が高めだからな」と言って三色丼を注文した。三色丼は、刺身が3種類載っているから三色丼なのだ。三色丼は、カロリー低め、塩分低め、脂肪分低めだ。S倉も、Y木にならって三色丼にした。

 

そこで、しばし血圧やコレステロールやカロリーといった話題になる。特に、ジムに通っているY木はそういう話が好きだから、細い数値を上げていろいろなことを言っている。一方T屋先生は、数学の先生だったくせに、そういう面倒な数値は全てスルーし、「オレくらいの年になると、もう何食っても同じじゃん。降圧剤だってずっと飲んできたけど、この間医者に、『先生、おれは年だからもう降圧剤はやめてもいいんじゃないの?』って言ったら、『T屋先生、薬ってのは、年だから止めるってわけにはいかないんですよ』って諭されちゃったじゃんよ」と笑う。そう言いながら、先生は大きなアジフライ二匹を完食した。85歳でロードバイクに乗り、20歳以上も若い教え子をゴルフで負かしている人には怖いものは何もないのだろう。

 

 

イルカバーベキュー

 

さて、伊豆の新鮮な魚で腹を満たした我々は、意気揚々と帰路についた。帰りは、少し内陸を走ったので、行きに苦しんだ坂は大方バイパスでき、かなり早く伊東まで帰りつけた。T屋先生もまだまだ笑っていたので、余力は十分残っていると言える。楽しいサイクリングは、余力が少し残っているくらいがちょうど良いのだ。

 

一月は寒いから外には出たくなくなるが、みんなでこうして集まって走れば寒さはあまり気にならない。本当に、今日はみんなで走れて良かったと思う。

「やっぱ、東京より伊東の方が少し暖かい気がする」とN N子。私は、ここのところずっと伊東に滞在しているからあまり感じないが、きっとそうなのだろう。

 

最後、伊東で私の行きつけのカフェに入る。ちょっとフレンチなオサレな店だ。ここでしばしアフタヌーンティーでもいただき、本日の総括に入ろうという趣向だ。

 

T屋先生は、実は若い頃、私たちの沼津の学校に赴任する前は伊東の中学校の先生だった。だから、今日は伊東ネタの話をたくさん飛ばしている。

「オレが若い頃は、伊東の学校では週末に職員室でバーベキューなんかしちゃったもんずら。今日走ってきた富戸の港ではイルカが獲れたもんで、その肉を買ってきてさぁ、若い先生たちで焼いて食べるわけよ。そうすると月曜日に校長先生に呼ばれてさぁ、『T屋さん、職員室はバーベキュー場じゃありません!』なんて叱られたっけじゃん。いい時代だったよ、あの頃は。ワハハハ」

このイルカバーベキューの話は、サイクリングに行く度に先生が話すから、もう3、4回は聞いているが、伊東で聞くバージョンはなかなか良かった。

 

我々の通ったK学園は沼津にあるが、富戸や伊東や熱海あたりからも通ってくる生徒たちもいた。今日はそいつらの実家のあたりも走ったわけだ。今日皆でこうして走ったことも、フェイスブックなんかに載せれば、きっと誰かは見てくれるだろう。そういった同級生の噂話などもひとしきり出る。

 

「さて、そろそろ帰るとしますか…」と、誰ともなしに席を立つ。みんなはこれから沼津とか三島とか東京方面に帰らなくてはならない。私は伊東だから5分で帰れるが、それだけに何だか置いていかれるような心持ちになる。伊東駅までちょこっと走り、そこで4時半ごろに解散した。

 

この同窓会サイクリングも始まって3、4年だろうか。その間にけっこう回数を重ね、この頃は何だかちょっとサマになってきた気がする。何せT屋先生が一番の要であることは間違いない。先生のいるおかげで、この集まりは非常にスペシャルな感じがする。この先もできるだけ長く参加して頂きたい。

 

だから、次はどこかもっと平なコースを探さなきゃと思いながら、私は家に向かってペダルを漕いだ。

 

終わり

 
 
 

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