top of page
Background1.png

Post

初夏の伊東の一日


ree

2025年6月19日

 

うかうかしていたら、6月頭に伊東にきてもう二週間以上経ってしまった。最初の一週間はカミさんがいて、一緒に身延山から修善寺に小旅行へ出たりしたのだが、数日して彼女は冬のメルボルンに帰ってしまったから、私はまた一人だ。

 

 咳をしても一人

 

これは、尾崎放哉の俳句だが、放哉を偲んで、種田山頭火も似たような句を詠んだ。

 

 鴉が啼いてわたしも一人

 

ree

私も唱和して、似たようなのを一句読みたいのだが、全然思い浮かばないので、違うのを詠んだ。

 

 落梅の石段降りて妻送り

 

うーん、甘ったるい句だ。我が家の横の石段に、隣家の梅がたくさん落ちていて、拾って梅酒にでもしようかと企んでいたら、カミさんが出発した翌日には誰かが拾ってすっかりなくなっていた。

 

ree

とにかく、一人になってしまうと、何時に起きようが、ご飯に何を食べようが、昼寝をいくらしようが自由だ。とは言っても、私の日課は、メルボルンにいても伊東にもいても、あまり変わらない。7時半ごろ起床、ストレッチ体操と散歩をしてから朝食。午前中は室内でパソコンに向かうが、大概仕事は捗らない。たまに階段を降りて、表通りのコメダ珈琲に行くこともある。ここにいると不思議なこと結構仕事が進むこともある。やはり、物事には、少しばかり投資が必要ということかもしれない。

 

昼飯は、伊東ではどこかへ食べに出ることもあるが、あまりチョイスはない。私のフェイヴァリットは修善寺街道の手打ち庵という蕎麦屋だが、ここはけっこう混んでいるので、安針通りの源来軒の中華ということもある。この2軒は地元の客相手だから地味なメニューで値段も手頃だ。観光客相手の食堂は、昼に食べるには値段も高いし、アジフライとか天ぷら定食などのメニューでは量も多すぎる。ファーストフードもあるにはあるが、ほぼ足は向かない。そんなものを食べるくらいなら、家でそばでも茹でて食べる方がマシだ。

 

ree

午後は少し昼寝。少しじゃなくて、長い昼寝のことも多い。ここへきて伊東もずいぶん暑くなったから、我が家の一階の六畳の和室で寝っ転がると涼しい。昨日この部屋用に、ちゃぶ台を表通りの古道具屋で買った。

 

この古道具屋、いつもは戸を閉めているのだが、昨日は珍しく開いていたので、「ごめんください!」と声をかけたら、奥からタコみたいなおやじが出てきた。中を見せてもらったら、宝庫のように、古家具、壺、皿、オモチャ、フィギュア(かなり古い)の人形、80年台の大きなラジカセ、電気工具などが店に詰まっている。思い切ってこれらをコンテナに詰めこんでメルボルンに持って行ったら、ひと財産作れるだろう。でも、その手間を考えると気が遠くなる。だから、ここにこうして埋もれているのだろう。「ここには何だってあるよ。ないものはないよ」とタコおやじは言うが、きっとその通りだ。「ちゃぶ台はないの?」と聞いたら、「あるよ、ちょっと待ってろ」と言って、奥から出してきた。

 

だから、昨日からうちの六畳にはちゃぶ台が置かれた。この部屋は、冬場は薄暗くてあまり使いたくなかったのだが、初夏の今は、昼寝するには涼しくてとても良い。ちゃぶ台があるから、ここでパソコンを叩いたり、本を読んだりすることもできるようになった。

 

昼寝から起きると、コーヒーをいっぱい飲んで、もう少し仕事めいたことをする。でも、午後4時過ぎになると、もはや頭は働かなくなってくる。だから散歩や買い物に出るのだが、私は伊東では車がないので、歩きかバスか自転車だ。

 

歩きの場合、自然と足は海の方に向かう。その途中の古い魚屋には、モモちゃんという三毛猫がいる。魚屋に猫がいるのも、ちょっと珍しいだろう。モモちゃんは、赤いバンダナを首に巻いて、たいがいは歩道に座っている。だから私は用事がなくても、毎日その通りを通ってモモちゃんに会いに行くことになってしまった。この猫がモモちゃんと言う名前なのは、通りの向かいにある居酒屋のおばあさんに聞いた。

 

ree

モモちゃんに私が惹かれる理由の一つは、今年一月に昇天した我が家のタマに顔つきが似ているからだ。でも、モモちゃんは少しばかり斜視だ。モモちゃんも若くないみたいで動作がのんびりしていて、人が寄ってきても慌てて逃げたりしない。気分にもよるが、頭を擦り寄せてきて、膝にのったりもする。愛想が良いから、この通りでは人気のようで、わざわざ自動車から降りてきて、ひとしきりモモちゃんを撫で撫でしてから通り過ぎる人もいるくらいだ。でも悲しいかな、この魚屋はもはや閉店していて、中を覗くと、いつも背中の曲がったおじいさんとおばあさんが、ちゃぶ台越しにテレビを見ているばかりだ。開店していればモモちゃん会いたさにお客も来るだろうにと思うが、そうもいかない。

 

ree

モモちゃんに会ってから、そこいらを回ってきた帰りがけには、安針通りのどん詰まりにある、昭和の雰囲気のナガヤと言うスーパーで買い物をする。この頃あり得ない話だが、ここのナガヤは夕方7時に閉店してしまう。品数も驚くほど少ないのだが、必要なものは全てあるので、逆に余計なものを買わなくて済む。もちろんセルフレジなんてなくて、ほっかむりの女性が二人、レジを担当しているのが良い味だ。「ナガヤで売っている生ワカメはとびきり美味しいですよ」と教えてくれたのは、うちの隣のKさんだ。

 

ree

昼間は暑くなったが、夜窓を開くと、涼しい海風が入ってくる。伊東に家を買って一年たち、ここで過ごした日数は通算4ヶ月くらいだ。もうしばらくは、私と伊東の蜜月は続くのかもしれない。

Comments


bottom of page