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Life about Melbourne and Ito
Tetsuta's Blog
メルボルン暮らし、伊東暮らし
豪メルボルン在住の筆者渡辺鉄太がメルボルンと静岡県伊東市の二股くらしについて書きます


四国サイクリング旅行 (その5)
12月2日 サロメチールに救われた夜 竜串から愛南町まで: 走行距離 67.5キロ、サイクリング6日目 叶崎から足摺岬を望む 足摺岬の西、竜串のホテル南国。朝5時に起床。布団に横になったまま、全身をチェックする。幸い、臀部左側の痛みは、軽快してきた。昨夜風呂にじっくり入ったのが良かったようだ。しかし、太腿の腫れと、新しく出現したふくらはぎの痛みは、 そう回復してない 。昨日をステージ2とすると、今日はステージ2と3の間という感じで、じわじわ進行している。もう1日くらいは持つかもしれないが、できれば今日は休みたいと信号を送ってくる。 しかし、僕の意識は先へ進め!と言う。大体、竜串で丸一日何をしたらいいのか?民宿の漫画本を読んで1日過ごす?そんなのは嫌である。釣りならいいかもしれない。ここの浜は岩場だから、石鯛、メジナ、グレなどの魚がたくさん泳いでいるに違いない。そうだ、南国ホテルのおばちゃんに聞いて、釣り道具を借りれるなら、1日釣りをしよう。 朝7時、朝ごはん。メインは、トビウオの干物。海辺の民宿はいい。 「おばちゃんさぁ、ここらで釣りできない
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四国旅行サイクリング旅行 (その2)
11月29日、旅行三日目。豚と亀に見送られて出発し、窪川の宿坊で マリリン・モンローの天井絵に観音様の後光を見る: 宇佐から窪川まで( 走行75キロ ) 朝5時起床。サイクリングの二日目は、体があちこち痛いという、30年以上前の記憶が寝床の中で蘇った。サドルに1日中蹂躙されたお尻、何千回とペダルをこいだ足の筋肉、ハンドルから衝撃を受ける肩の関節 、日焼けしてヒリヒリする鼻や首筋の痛みなどが、二日目の朝、目覚めと同時に体を襲うという記憶だ。 ところが、国民宿舎土佐のふかふかした布団の中でうとうとしている僕には、そんな痛みはほとんどなかった。昨夜入った温泉の効果か?メルボルンで走り込みをしてきた成果か? なんて考えるが、 昨日はたった50キロ走っただけなのだから大して疲れているはずがない。 「よっしゃ!」と声を出して布団から出て、しばしヨガをする。体と内臓に血が通うのが分かる。外はまだ暗く、朝食までは間があるので温泉に入る。湯船に浸かっていると、外で鶏が鳴く声がして、夜が明けてきたことがわかる。風呂から出て、まだ薄暗い外に散歩。建物の周りを一周すると
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四国、自転車一人旅 その1
四国自転車ひとり旅 2017年11月27日から12月9日まで その1: 計画から出発までと、 一日目羽田から高知、二日目 高知から宇佐まで 四国までのこと 四国へ行こう!と思い立ったのは、昨年2017年の頭だったかもしれない。オーストラリアに暮らして22年目。ぼくはこの頃、やや日本恋しのホームシック気味なのだ。考えてみたら日本では行ったことない場所が数多ある。四国がそうだ。行ったことないし、知り合いもあまりいない。だから四国の地理など全く頭に入ってない。坂本龍馬が高知の人であることも、正岡子規が松山の人であることも頭になかった。讃岐うどんが香川県のものであることも、高知ではカツオの刺身をニンニクの薄切りと食べるなんてことも知らなかった。知らなかっただけに、知ってしまうと、今度はどうしたって龍馬の生地を見たくなり、正岡子規記念館にも行きたくなるし、讃岐うどんも食べたいし、カツオの刺身をニンニクの薄切りで食べてみたくなる。 そもそも四国へ行こうと思ったきっかけは、亡くなった弟光太の写真だ。旅行好きだった弟は、亡くなる2、3年前、東京からフェ
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ロフテッド軌道なこの頃
2017年8月17日 上から、危ないものが降ってきそうな日々である。 北の方に住んでいる将軍様がミサイルを打ち上げ、物議を醸し出している様子が連日ニュースで報道されている。我が祖国日本にも大いなる影響が出始めているし、遠くの、ほとんど危害を受けそうもないオーストラリアの首相まで「ミサイル防衛!」とか言い出してとても物騒になってしまった。私も、そんなで、ついニュースに釘付けになってしまう。 そんな中、北海道の沖合に弾道ミサイルが落ちた時、ニュース解説に 「ロフテッド軌道」(通常より角度をあげて高く打ち上げる方式)という 言葉が出てきた。数学に弱い私は、こういう複雑な物理の概念は自分の日常には全く縁がないだろうと即座に考えた。そう考えつつも、頭上に弾道ミサイルが(例え破片でも)落ちてきたらさぞ恐ろしいことだろうと乏しい想像力を駆使して考えた。 翌朝、メルボルンには強い風が吹いていた。用事で我が家に立寄った大工のギャリーが、大きなユーカリ木の梢を指差し、「あの枝、折れそうだよ」と言った。 問題のユーカリの木 見上げると、確かに、ある大きな枝の根元の皮が
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ダンデノンのレタス男
2017年7月20日 この間、ダンデノン図書館にノートパソコンを持ち込んで仕事をしていたら、昼時に、僕みたいなアジア系の若い男が(僕は若くないが)、図書館をウロウロ歩きながら、何か丸くて大きな薄緑色のものを食べていた。メロンパンの大きなやつかと思ったが、メルボルンにはメロンパンは売ってない(と思う)。よく見れば、それは生のレタスだった。 僕もレタスはどちらかと言えば好きだが、丸ごと食べたことはない。この男は、マヨネーズも塩も何もつけずに食べていた。帰りがけに、ここで働く 図書館員で、友達のロシュに「この図書館には面白い人がたくさんくるんだろうね。さっきは、レタスを丸ごと食べている若者がいたよ」と言うと、ロシュは「そんな人、毎日くるよ。でも、レタスを食べているのは見たことないな。健康に良さそうだね」と笑っていた 。ちなみに、ロシュはスリランカ系オーストラリア人で、ベジタリアンである。 ダンデノンは、僕が住んでいるダンデノン丘陵の山を降りて、20分ほど車を走らせた大きな街だ。メルボルンの副都心にしようとしていて、官公庁の役所を移転させたりしている。そ
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タイ、バンコク訪問記(2)
2017年6月17日 紀伊国屋書店で立ち読みをしそこなった初日 バンコクで5月の中旬に開催された、IBBY国際児童図書評議会のアジア大会に出席した私は、その間たくさんの子供の本の作家や翻訳家や編集者や図書館員と言った人たちと行動を共にした。 その中の一人に、売れっ子の児童文学作家で、文学賞の受賞者であるMさんがいた。私は初対面であったが、初日の朝ごはんの後だったか、彼女とホテルのロビーで立ち話をした。そのとき私が、「メルボルンには日本語の書店がないんですよ。だから、私は日本語の本に飢えているんです」というようなことをなぜか彼女に訴えた。するとMさんは、美しい大きな目をさらに見張って、「えー、うそー、本当ですか? ひどーい」というようなことを言った。私は、「本当なんですよ。だから、バンコクでは、ぜひ日本語の本を買いこんで帰りたいんです」と言った。 タイには金色のお寺がたくさんある するとMさんは、「それなら、ホテルの向かいの伊勢丹には紀伊国屋書店がありますよ」と親切に教えてくれた。私はそれを聞くと、もういても立ってもいられなくなり、IBBY国際児童
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バンコクで、国際児童図書評議会アジア会議に出席の記
2017年5月22日 5月初旬、初冬のメルボルンから晩夏のバンコクに飛んだ。IBBY国際児童図書評議会アジア会議に出席するためだ。大会は三日間、その間アジア諸国や他の国からやって来た児童書関係者による研究発表、事例発表、ワークショップなどが行われる。私も、オーストラリアで過去17年間主宰してきた、日本語児童文庫の軌跡について話すべく、原稿を携えてやって来た。 出た時は雨のメルボルン 空港から出て電車に乗り、バンコク中心街の駅で降りた。駅からホテルまで2キロほど、スーツケースを引っ張って歩いた。初めてのバンコクだが、「懐かしい」光景が満ち溢れている。夜の10時というのに、狭い歩道に溢れるたくさんの人たち。裸電球の灯る小さなお店。その奥でミシンを踏む女性。路上の屋台。荷物をたくさん積んだ自転車を引く男。たくさんのオートバイ。60年代の日本のどこかの街中を歩いているような錯覚がする。インドネシア、マレーシア、インドでも、そんな既視感に襲われたことがある。 バンコクの街には、貧富の差も数多見受けられた。路地裏のゴミの間に蠢く人影。夜遅いのにそこらを走り回
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秋の味
2017年4月20日 クカバラ(ワライカケス)は、バーベキューのソーセージを盗む名人 秋の味と言うと、僕はいやしくも秋刀魚を一番に思い浮かべるが、オーストラリアでは秋刀魚は獲れない。が、輸入の冷凍物なら売っている。でも、高いから買わない。その貴重な冷凍秋刀魚を釣り仲間のK松さんが「到来物ですが」と、一袋くれた。だから、この週末あたり、家族が揃ったら景気良く炭火でじゅうじゅう焼いて食べようと思っている。 先週までは、復活祭イースターの秋休みだった。オーストラリア、メルボルンのこの辺りでは、イースターが来れば、夏が終わった、そろそろ秋だという季節だ。秋休みは、いつも僕がやっている子ども文庫のキャンプで、「どんぐり山」とみんなが呼んでいるUpper Yarra Reservoir Parkというところへ、二泊三日で出かける。もう10年くらい続けているキャンプで、始めた頃は息子がまだ3歳だった。息子は、このキャンプでは朝から晩まで焚き火で合法的に火遊びができ、キャンプ場のすぐ脇には綺麗な小川が流れていて、いつでも好きなだけ水遊びができたから、鼻血が出
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ドイツからオーストラリア、シーカヤック2万3000キロの旅
2017年3月27日 土曜日の夜、冒険カヤッカーのサンディ・ロブソンの講演に行ってきた。サンディ・ロブソンと言っても知らない人がほとんどだろうが、シーカヤックを漕いで、ドイツからオーストラリアまでの2万3千キロを5年半かけて旅した冒険家だ。オーストラリア、パース出身、48歳の小柄な女性である。 http://www.sandy-robson.com/Home_Page.html 僕が所属するビクトリア・シーカヤック・クラブでの講演会だったが、冒険について、じっくり話を聞くことができた。 サンディ・ロブソン ドイツからオーストラリアまで漕ぐということ自体脅威的な冒険だが、この旅はサンディ・ロブソンが初ではない。実はオスカー・スペックというドイツ人カヤッカーが1930年代に行っている。オスカー・スペックは、もっと長い5万キロを、7年かけて漕いでいる。おまけに、オーストラリアに着いた途端に第二次世界対戦が勃発し、敵国人として逮捕され、戦後までオーストラリアの捕虜収容所で過ごし、そのままオーストアリアに帰化したというおまけがつく。...
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あるジャズミュージシャンの死
ラリー・コリエルというジャズギタリストが73歳で亡くなったと、インターネット版朝日新聞「おくやみ」欄にあった。僕は、新聞の「おくやみ」欄には、どうしてから分からないが必ず目を通す。おかしな癖だ。 ラリーコエリル(若い頃) その癖、僕は直接知らない人の死には、それほど心を動かされないのだけど、ラリー・コリエルが死んだニュースにはちょっと動揺した。彼の音楽を若い時からちょくちょく聞いていたからに間違いないけど、動揺して、改めて彼の音楽に、昔どれほど心を動かされたことか久しぶりに 思い出した。 ジャズは好きじゃないし、よく分からん、というオーストラリア人にたまに会う。この間、駅で車を止めて学校から帰ってくる息子を待っていたら、同じように子供を待っている息子の同級生のお母さんが、「あら、ジャズを聴いているの?日本人ってジャズが好きなのよね。東京の喫茶店とかお店は、いつもジャズが流れているじゃないの?」と、褒められているのか何なのか分からないことを言われた。僕は、たまたま 車のオーディオで、ジム・ホール(ギター)とロン・カーター(ベース)のデュエットアルバ
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一人暮らしの夏休み
2017年 1月13日記 11月から12月の頭は、ここビクトリア州では大雨が降って、あちこち洪水になったり、大木がうちの裏庭に倒れたりして、本当に夏が来るんだろうかと思った。ところが、12月半ばからは、打って変わったような晴天続き、しかも気温はそれほど高くない、いわば理想の状態が続いている。 そんな陽気の12月20日、女房のチャコと息子の鈴吾郎を早朝空港に送って行った。二人は日本に一ヶ月里帰り帰国だ。朝8時過ぎの飛行機だから、4時半起床、 5時出発、空港6時時着。やれやれだ。カナダに留学中だった娘の鼓子も、明後日にはバンクーバーから東京入りし、我が家は僕以外、クリスマス、暮れ、正月と日本だ。僕は、帰国しようかどうしようかグズグズしていたら、年末になって飛行機の運賃も上がってしまい、メルボルンで猫タマと留守番になってしまった。 だから一ヶ月、1月20日まで一人暮らしの身になった。空港から帰る車の中では、喜びと寂しさが入り混じった不思議な感傷に襲われたが、すぐに喜びの方が大きくなった。 空港から戻ると、近所のRさん宅へ行く。Rさんには、小学生の息子が
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四国サイクリング旅行(その4) 12月1日 サイクリング5日
12月1日 サイクリング5日目: なぜ、私は足摺岬に向かったか? 四万十市中村から足摺岬、その西の竜串(たつくし)まで: 走行距離78キロ、 足摺岬でセルフィーする僕 朝5時半に、目覚まし時計の音で目覚めた。起きた瞬間、どこにいるのか分からなくて慌てるが、すぐ四万十市中村のビジネスホテルであることが判明して安堵する。毎日移動していると、こういうことがある。 目覚めたが、体が重たい。疲れがとれていない。昨日から痛くなってきたお尻も痛いし、太ももの筋肉もまだ腫れている。昨日上機嫌で四万十川沿いに100キロも走ってしまった報いだ。出発前メルボルンで走り込んできたから、自分が1日で走れる距離が100キロ程度というのは分かっていたが、毎日走り続けると、どれくらい疲れるかまでは分かっていなかった。 実は、出発前に主治医のマイケルにサイクリング旅行のことを相談した。自分もサイクリストであるマイケルは、「だーいじょうぶ、全然だいじょうぶ、100キロくらいは楽勝!」と僕の健康には太鼓判を押してくれた。彼はアスリート的な体格で、 日曜日に200キロ走っても、月曜日は
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