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Life about Melbourne and Ito
Tetsuta's Blog
メルボルン暮らし、伊東暮らし
豪メルボルン在住の筆者渡辺鉄太がメルボルンと静岡県伊東市の二股くらしについて書きます


お蕎麦の束について思うこと
2019年1月14日 2019年になってしまった。読者のみなさん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。 庭のブルーベリー 昨12月は東京で過ごした。滞在はいつもの調布M城さん宅である。3週間半ほど滞在し、忘年会の酔っ払いが街に溢れ出す頃、メルボルンに帰ってきた。家族はまだ日本に滞在中なので、1月の半ばまでは一人暮らしだ。 東京の雑踏に比べると、メルボルンは実に静かだ、というのが帰国した第一印象だった。たとえ都下調布であったともしても、駅前に出てざっと180度を見渡した限り、視野に少なくとも400名くらいの人が目に入る。新宿駅の構内ならば常に2000人くらいは視野の中にあるだろう。ところが、私がメルボルンで暮らしているベルグレーブだと、駅に行って見渡しても、視野に入る人は10名くらいのものだ。夏休みの今、学校に通う子どもたちもいないから、もしかしたら2名くらいだ。 セロリは元気になっているが、一人ではこんなに食べられない そんな静かさの中で一人暮らしをしていると、3日くらい誰とも口をきかないで済んでしまう。時に、世界に取り残
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「ポテチ死」という死に方はどうなのか?
2018年11月28日 今年は中盤から、どうも体調が思わしくなくなった。ことの起こりは胃だ。晩秋ごろ(オーストラリア、メルボルンの話だから4月ごろ)から胃の具合が悪くなった。加えて、7月くらいから喉の具合もおかしくなった。腫れぼったくて、スッキリしない。医者は、冬場の風邪が治らずに炎症を起こしているのでしょうと言う。8月、今度は仕事で酷暑の日本に行った。すると、季節の逆変と夏の暑さからくるストレスで、体調はもっとひどくなった。ある時、知人と都心で昼飯を食っていたら、喉が干上がって苦しくなった。 その夜ミニ同窓会があって、中学時代の同級生と青山の蕎麦屋で飲んだ。まだ喉はおかしいし、胃も重い(酒なんか飲んでる場合か!) すると口の悪いU君が、「お前、声が変だぞ。俺の親父は喉頭癌で死んだが、ちょうどそんな感じで声が変になって、最後は声が出なくなって死んだ。早く病院にいけ」と言った。気分は最悪だ。 そこで、とにかく医者に行くことにした。だが、僕は、日本に住んでいないから健康保険もない。でも、手遅れになったらことだから、調布駅前の耳鼻咽喉科に行った。医者は
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ブリスベンまで 。 あるいは、空港ですごす優雅な日曜日
2018年9月30日 息子の所属するサッカーリーグの決勝戦を観戦するため、クイーンズランド州ブリスベンに4泊5日間行くことになった。息子は州代表チームのフォワードとして出場する。ブリスベンまで、息子はチームメイトたちとカンタス航空で飛び、私と女房はタイガー航空という格安会社で行くことになった。2時間半の空の旅。どちらも朝7時ごろ発の便なので、空港に5時半に着くように、まだ暗いうちに起きて、えっさかほっさか家を出た。ところが出たとたん、うす暗い山道で、でっかいカンガルーが、よろよろと道のまんなかに登場。突然だったので、急ブレーキを踏んだが間に合わず、「ドーン!」と接触!「ああ、やっちゃった」と、すぐに車を止めてカンガルーはどこかと見渡したが、姿が見当たらない。どこかにそのまま走り去ったらしい。何とタフなやつ!幸い、車のフェンダーもつぶれてない(みたいだったが、暗くてよく分からない)。これが人間だったらシャレにならないが、急ぐので空港へ。 空港では、長期パーキングへ車を入れ、出発ターミナルへ。もうチームメイトたちが集まっている。息子をチームに預け、私
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「調布化」していく私
2018年8月22日 用事ができたので、冬のメルボルンから日航の直行便で飛んで、8月の日本で3週間過ごした。滞在は都下は調布市、いつもお世話になるM城さん宅である。M城さんは古い友人で、彼は単身赴任の身だから、それを良いことにエアビー代わりにお宅を使わせてもらっている。M城さんによると、彼の奥さんより私の滞在の方が、頻度も多く期間も長いらしいというから恐縮してしまう。もはや日本に実家もない「孤児」の私には、彼の親切は本当にありがたい。 帰国に際し、東京では、仕事(絵本の出版)がどかどか入り、毎日のように昼前ごろから出かけて都内で誰かとランチを取り、午後は打ち合わせや講演会、夜も誰かと食事をしつつ仕事の顔つなぎという日々だった。冬のメルボルンから酷暑の東京は、かなり堪えた。普段は、メルボルンで静かな暮らしなので、東京の雑踏を歩くのにも神経を使う。 そんなだから、仕事の合間に調布のM城さん宅でのんびり過ごすひとときは、癒しの時間だった。過去に私は、調布という場所についてずいぶん手厳しいことも書いたが、実はこの町に愛着を感じてきているからこそであって、
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親父たちが集う町、ベルグレーブ
2018年5月24日 うかうかしていたら、メルボルンもどんどん寒くなり、僕はヒートテックのズボン下を履いている。ズボン下を履くと、季節が変わったなと感じる。 昔、ズボン下は、股引とも呼ばれていた。子ども時代から青年時代にかけて、どんなに寒くても、股引など履くのは恥辱であって、そんなものを着用するくらいなら死んだほうがマシだと思っていた。ズボンの裾から、白い股引がちらっとのぞくなんてのは死刑宣告だった。しかし、いつの間にか自分も股引が欠かせない親父になっている。今は、死なないために股引を履いているのだ。生きていれば、思想を逆転させなければならない時がきっとくる。 昨年末、同じような話を、四国松山の飲み屋でそこのマスターと話していたら、横で聞いていたアルバイト学生が、「モモヒキって何ですか?」と聞いた。その時、股引が死語であることを悟った。 で、そんな親父の僕は、ほぼ毎日、夕方になるとベルグレーブの町(というか、村だな、ここは)の中心にあるウルワースというスーパーで買い物をする。ここには親父やおばさんが、たむろっている。特に親父が多い。なぜオーストラ
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40年で大木
2018年5月4日 メルボルンも秋。うかうかしていたら、もう五月。今年も3分の1が終わったしまったのか。やれやれ。でも、焦ったって仕方がない。マイペース、マイペース。 いつも朝30分ほど散歩に行くが、その時、よくすれ違う近所の人たちがいる。ベルグレーブに住んで18年になるが、こちらは田舎でも日本ほど近所付き合いをしないから、あまりたくさんの人は知らない。でも、この頃よくすれ違う60歳後半くらいのおじさんがいて、ある時話しかけられて、それ以来仲良くなった。 名前はクリス、スイス人だった。なぜ話しかけてきたかと言うと、僕の車庫にある制作中のボートに興味を持ったからだ。「あれは、お前が作ってるのか?」「そうですけど、今は一緒に作っていた息子が興味を失っているので中断中。」「ヨットかモーターボートか?」「モーターボート。でも、まだエンジンは買ってないし、免許も持ってない。」「船の材料は何だ?」「合板とファイバーグラス。」「自分で設計したのか?」「とんでもない。イギリスのビルダーから設計図を買ったんだよ」と、こんな会話だった。クリスとは週に一回くらいすれ違
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メルボルンでも、秋は食べ物が美味しい季節
2018年3月14日 メルボルンの夏が去って、秋がきた。秋は食べ物が美味しい季節であるのは、日本でもオーストラリアでも変わらない。日本の食材の豊富さには負けるかもしれないが、オーストラリアでも、旬の魚や野菜が見事に色づく季節だ。 メルボルンから100キロ南へ行くと、ジーロンという街があって、そこに日本人の友人のK松さん一家が住んでいる。そっちの方で、ここのところイカが釣れているというので行ってきた。僕は、イカは釣ったことがなかったから、ぜひこの機会に釣ってみようと目論んだ。K松さんは、海の近くにずっと住んでいる年季の入った太公望だから、一緒に行けば必ず釣れる。 僕が初めて釣ったアオリイカ 釣りの前夜はK松さんのうちに泊まった。夕食をいただきながら、おでんの話になった。K松さんの奥さんは大阪の人で、僕のような関東の人間とはおでんの作り方が違うのだと言う。大阪と東京のおでんの違いをここで説明するまでもないが、大阪では「おでん」と言わないで、「関東煮(だき)」と呼んだりする。それは薄いコーヒーを「アメリカン」と呼んだり、ジャガイモのフライを「フレンチフ
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今年の誕生日 2018年
2018年2月19日 この間から、また薪を割りはじめた。冬になって急にはじめたのでは間に合わない。メルボルンの2月中旬は、暦の上ではまだ夏だが、風が吹くと落ち葉が落ちてきたりして、もうそこまで秋が来ている感じがする。 幸い薪にする木のストックはたくさんある。一昨年隣家のユーカリの大木が倒れたからだ。しかし、これを割るのは一筋縄にはいかない。木が倒れてから2年目だから、丸太はすっかり乾燥しているのだが、丸太を切り分けてくれた木樵たち(オーストラリアでは、tree loppersと言う)が、あまり小分けに切ってくれなかったせいでなかなか割れない。また、枝が生えていたところは節目になっているから、斧を入れても易々とは割れてくれない。ちなみに、薪を割るには、刃が薄い普通の斧(アックス)ではなくて、刃は鈍くて重さのある、斧とハンマーの合いの子みたいなウッドスプリッターと呼ばれる斧を使う。他の木材の場合は知らないが、ユーカリとかレッドウッドなどは、嵩があって固くて重たいから、そういう道具でないと割れない。 なかなか割れない石頭の薪 だから、ここらの薪割りとい
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四国サイクリング旅行(その3)
窪川岩本寺の朝行で般若心経を唱え、日本最後の秘境と言われる四万十川に沿ってひた走った こと: サイクリング4日目、走行距離99.75キロ お寺の朝は早い。岩本寺では朝6時が勤行なので、善男善女は暗いうちに起きる。僕はお遍路ではないが、せっかくだから出てみることにした。 朝5時半、布団から出てズボン下をはき、ユニクロのヒートテック長袖下着も着用。さらに、部屋備え付けのドテラも着込む。これだけ着込めば寒くないだろう。今日は11月末日、四国とは言え、山中の朝はキリッと冷える。 天井絵のある大師堂に入って座る。男たち7、8名がすでに座っている。テレビカメラを設置し、勤行の様子を撮影しようとしている一団の男たちがいる。テレビ局らしい 。大体、 テレビカメラマンというのは、誰しもみんなひどい格好をしている。汚いジャンパーに、かかとを踏んづけたスニーカー、頭は半年ほど床屋に行ってないようなもしゃもしゃ頭。いい歳こいてこんな格好で良いと思ってんのか。しかし、この目つきの悪い男たちの中に、一人だけお遍路の白衣を着た30歳くらいの眉目秀麗の男がいる。カメラはその男を
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四国サイクリング一人旅(その8、最終回)
四国サイクリング一人旅(その8、最終回) 12月7日(11日目) 松山から今治を経て、しまなみ海道の大島まで。走行80キロ いよいよ今日は、松山を後にし、今治を経てしまなみ海道の大島まで行く。しまなみ海道は、大島、伯方島、大三島、生口島、因島を橋でつなぎ、尾道まで続く全長70キロのルートだ。サイクリストには人気のルートで、外国からわざわざ走りに来る人もあるらしい。 朝7時40分、松山を出る。朝は自転車ラッシュだ。学生や勤め人が一定方向を目指してすごいスピードで走っていく。松山から脱出する僕は、流れに逆らって走るので、通勤通学の皆さんの足並みを乱さないよう、道のなるべく端っこをこそこそ走る。 そんな僕は、寒いからズボン下を履いている。松山の若い学生さんたちは、そんなものははかないだろう。僕だって若い頃は、どんなに寒くてもズボン下などはかなかった。はいたら人生終わりだと信じていた。親戚に竜さんという叔父さんがいたが、竜さんは、常にラクダの股引を着用していた。いつも人の家にくると、 ズボンがしわにならないように脱いで、股引になってしまうのだった。竜さん
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四国サイクリング一人旅 (その7)
雹に打たれてずぶ濡れ豊後水道 サイクリング 9日目と10日目 12月5日 八幡浜から松山まで 76.4キロ 僕の四国サイクリング旅行も終盤だ。マジで走るのはあと三日。八幡浜で1日休んだおかげで、お尻もあまり痛くないし、太ももとふくらはぎの筋肉も「もう、大丈夫!」と笑っている (太ももに顔があれば)。どうにか広島尾道までたどり着けそうだ。 ローソンがなければ、僕の四国旅行はもっと過酷であっただろう 高知から、八幡浜まで距離メーターを見ると500キロ。それで分かったのは、僕が1日で快適に走れる距離は80キロくらい。それ以下だと、目的地に早くつきすぎる。それ以上だと疲れる。しかし、いくら80キロがちょうど良くても、一週間も走り続けると疲れが溜まるので、3日か4日ごとに休みを入れなくてはいけない。この点では失敗した。 もちろん、鍛えれば80キロが100キロにもなるであろう。逆に、天気が悪かったり、峠や山地を越えるときも距離は短くなろう。自分の能力を知ることは今後のために有用だが、こればかりは、やってみないと分からない。 朝8時、八幡浜出発。...
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四国サイクリング一人旅 (その6)
愛南から、宇和島街道のトンネル地獄を抜けて、八幡浜へ。1日休息して、内子で ぜんざいを食べ、銭湯に浸かる: サイクリング7日目と8日目 12月3日 愛南町から八幡浜まで、走行81キロ 朝7時、愛南町のサンパールホテルを、小雨がしょぼつく中出発。寒くて、悲壮感いっぱい。特攻隊出撃という気分だ。 昨夜は強力サロメチールで足の筋肉を癒したが、走り出してみると、やはり疲れがとれていないことが判明。しょせんは薬物依存である。 さて今日は、40キロ先の宇和島を中間地点とし、八幡浜市まで80キロの走行だ。その間、標高差は1000メートル。結構な登り下りを覚悟しなければならない。登りと下りとどちらが多いかと言うと、出発地の愛南も海辺で、到着地の八幡浜も海辺だから、差し引きゼロ。つまり500メートル登り、500メートル下る。当たり前すぎて、こういう計算は面白くない 愛媛に入ると、道の両脇はミカンの木が植わった段々畑で、素晴らしい景色だ。ミカンのオレンジ色を見ていると元気が沸く。景気づけに「段々畑と、お別れするのよー、幼い弟、行くなと泣いた」(小柳ルミ子、瀬戸の花
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