top of page
Life about Melbourne and Ito
Tetsuta's Blog
メルボルン暮らし、伊東暮らし
豪メルボルン在住の筆者渡辺鉄太がメルボルンと静岡県伊東市の二股くらしについて書きます


日本帰国中の自転車旅行第二弾: 山形県最上川サイクリング4日目(最終日) 羽根沢温泉から酒田、庄内空港から羽田まで (走行距離75キロくらい)
2022/08/11 空を飛ぶのに一番近いことは、自転車に乗ることかもしれない」 ロビン・ウィリアムス 「一人旅なら今日にでも出発できる。しかし、連れと共に旅する者は、もう一方の準備が終わるまで待たなくてはならない。」 ヘンリー・デビッド・ソロー 羽根沢温泉のぬるぬる湯でツルツルになれ! 朝早く目覚めた私たちは、羽根沢温泉のぬるぬるのお湯にもう一度入った。この温泉のお湯は、私がこれまで入った温泉の中でも、一番のぬるぬる系かもしれない。旅館の女将は、「私はこのぬるぬるお風呂に毎日入ってますから、お肌がとってもツルツルなんです」と言っていた。なるほど、見た感じそんなであったが、どれほどツルツルか試させてもらえなかったのは心残りである。 だが、それが事実なのだとしたら、このお湯には千金の価値があると言える。とかく女性というのは、お肌をツルツルにすることについては男性には想像もできないほどの熱心さを示す。だから、このぬるぬる温泉をインスタグラムでもっと宣伝したら、必ずや世界中から乾燥肌の女性が殺到し、銀山温泉の比ではないほど儲かるのではないか。頑張れ、
13 min read


日本帰国中の自転車旅行第二弾: 山形県最上川サイクリング三日目、尾花沢から銀山温泉を経て、羽根沢温泉まで(走行距離約80キロ)
2022/08/06 「川は、その深い叡智とその秘密を、人の心に静かにささやきながら流れている。」 マーク・トウェイン 「川はね、急いだって仕方がないことを知ってるんだ。いつかそのうち着くもんだってね」 クマのプーさん 「自転車で走っている状態の人間というのはいったい何を考えているのであろうか。この疑問を解決するために私は実際に自転車に跨ったとき、いま自分はなにを考えているのかと考えてみた。そうすると、当然のことながら、『自転車に跨った私はいまなにを考えているか』と考えながら走っていることを私はしっかり認識したのであった。」 伊藤礼『自転車ぎこぎこ』(平凡社)より 銀山温泉へ寄り道 「ビジネスホテルおもたか」で朝食を食べたのは、私とT村の二人だけだった。昨晩は職人風の男たちがあと二人泊まっていたが、もう出発したのか、その姿はなかった。 こういう地味な宿の朝食には、取り立てて珍しいものは出てこないだろう。ただ、嬉しかったのは味噌汁が美味しかったことだ。仕事で旅しているお客に、せめて美味しい朝ごはんを食べさせてやろうという女将さんの思いやりがそ
12 min read


日本帰国中の自転車旅行第二弾: 山形県最上川サイクリング 二日目、寒河江から山寺に詣で、尾花沢まで走る (走行距離約80キロ)
2022/07/29 「涼しさを我宿にしてねまる也」 松尾芭蕉 (尾花沢で清風と言う知人の家に泊まった時の句) 「うしろをふりむく必要はない。あなたの前にはいくらでも道はあるのだから」 魯迅 山寺に行こうか、どうするか 今回の最上川サイクリングでは、山寺へ寄るかどうかがなかなか決まらない案件だった。山寺とは宝珠山立石寺の通称である。ここは何でそんな有名かと言えば、「静けさや岩に染み入る蝉の声」と芭蕉翁が詠んだその場所だからだ。 山形まで電車や自動車で観光に来たならば、間違いなく人は山寺へ寄るであろう。芭蕉の句だけではなくて、山寺というくらいですごい山の上にあり、インスタスポットとして有名なのだ。 その山寺へ行くかどうか我々は議論を重ねてきた。その理由は、山寺が最上川からぐっと東にずれたところにあって、15キロほど迂回しなくてはならないからだ。自転車だと15キロは概ね1時間、しかも山寺は山だから、かなり坂を登らなければならない。それだけでなく、山寺についてからも1015段もの石段を登って参詣しなければらない。こう言うのを英語では、ダブル・バインデ
15 min read


山形県最上川サイクリング (その1) 一日目、上野から米沢、寒河江まで(走行距離66キロ)
2022/07/26 還暦サイクリングの冒険に出発だ! 3、4年前だったろうか、T村が「今度は、ぜひ最上川へ行こうぜ!」と提案した。私は二つ返事で、「最上川か、面白そうだ!よし、行こう!」と答えたが、コロナ禍が間に入ったりして、私がなかなか日本に帰国できなくなり、その計画はなかなか実行されなかった。私はメルボルンでジリジリしながら、そのチャンスが到来するのを待っていたわけだ。そして、この度2022年6月、やっと帰国が叶って、とうとう最上川下りの自転車ツアーに行く時がやってきた。 私とT村は、中学高校時代から大学時代卒業くらいまで、長期休暇には必ずと言って良いほど、二人して日本各地を自転車で旅した。二人の初めての本格サイクリングは、前にも書いたが、夏休みに沼津の中学校K学園の寮から東京(T村は神奈川)の実家まで130キロを走って帰宅した時だ。その時の担任がまだ若かりしT屋先生その人であった。以降、T村と私は箱根、御殿場をくまなく走り、奥多摩、丹沢、奥武蔵も制覇し、木曽路や飛騨を走り、甲府から信濃にかけても足を伸ばした。そして高校一年の夏休みは、北
14 min read


日本での自転車旅行 (その4) 静岡編最終回:大井川青部の猫宿から金谷と牧之原台地を経て、蓬莱橋でこの旅を終える
2022/07/16 「駿河路や花橘も茶の匂ひ」 松尾芭蕉 青部集落の朝 青部の猫宿では、夜中猫たちがミャーミャー鳴いていたが、T屋先生も私もT村も熟睡したのだった。二日続けて7、80キロも自転車を漕いでくたびれたから、よく寝られたことと言ったらない。 それでも3人とも6時には目覚め、顔を洗うと宿の前で茶畑を眺めながら、宿の女将さんと立ち話をしていた。ご主人と女将さんは二人でこの民宿をやっているのだが、実は二人とも東京都心の出身で、土を触って暮らす生活をしようと5年前にこの青部に移り住んだ。民宿をしながら茶摘み、筍とり、果樹の世話などして暮らしているという。その上、猫が20匹もいる。 青部の村 昨夜ご主人が話してくれたことには、青部の旧住民たちはこの二人の新住民を暖かく受け入れてくれたが、やはり新住民はいつまで経っても新住民のままだそうだ。それが実際にどう言うことかは、住んでみないと分からない。「大変だけども、ここでずっとやっていこうと思っています。でも、面白いんですよ、今でも、大井川のこっち側は駿河で、向こう側は遠江のままなんで、仲が良くない
12 min read


日本での自転車旅行 (その3) 二日目は、安倍奥から脱出し、大井川を疾走、青部の猫宿に泊まったこと
2022/07/12 「さみだれの空吹きおとせ大井川」 松尾芭蕉 安倍奥から静岡駅まで戻り、大井川を井川ダムまで走る予定 昨日は、T屋先生、T村そして私は、昨日は静岡から安倍奥は梅が島温泉まで45キロを6時間で走った。休憩も含めてだが、平均時速7.5キロはかなり鈍足だ。言い訳になるが、その道は登り続きの上、最後の勾配はツールドフランスの選手でも「嫌な坂だな!」と言いそうな激坂だった。 しかし、その夜は硫黄の香りの心地よい温泉と旅館の心づくしの夕食(猪鍋、寿司、静岡近海の刺身など)、そして窓を閉めても響いていくる谷川の音に私たちは癒され、朝には元気いっぱいだった。 ロケット爺さんこと、T屋先生 さて、静岡ライド二日目の行程は以下の通り: ・梅ヶ島温泉から静岡駅まで45キロを戻り、 ・自転車を畳んで東海道線で金谷、 ・金谷から大井川鐵道で終点の千頭まで輪行、 ・そこからは自転車で井川ダムまで行き、 ・引き返して、青部の集落で一泊。 これを全部走れば80キロ以上ある。しかも、ほとんどは山間部、また昨日の強行軍の繰り返しになるか? それは行ってみないと
14 min read


2022、日本での自転車旅行 (その2)安倍奥を走る
2022/07/09 静岡で、私の従姉妹たちの反応 6月上旬某日。さて、いよいよ私、T村、T屋先生の三名による、安倍川および大井川沿い自転車旅行の時がきた。 私はその三日前から静岡入りし、父方の親戚と先祖代々の墓の管理について協議する用事があった。昨今の日本では墓というのは「面倒なもの」とほぼ同義になってきている。誰しも、先祖への礼は尽くしたい気持ちはあるのだろうが、親類がみんなで仲良く墓を守っていくという構図は悲しいかな失われつつある。我が家の場合もさまざまな問題があり、先祖代々の墓守が難しくなっている。 それでも、久しぶりに従兄弟姉妹たちと集まって、食事をしながら思い出話をするのは楽しかった。その席で、私はこの後、奥安倍および大井川沿いを自転車で走る計画があることを話した。すると、みんな口を揃えてそれが大変無謀であると言った。 従姉妹の旦那の元消防士はこう言った。 「なにぃ?安倍川沿いに梅が島温泉まで行くって?そんなの無理じゃん。あの辺りはすごく険しくて狭い道ずら。俺っちの実家がその途中にあるだけど、途中の富士の里っていうドライブインのあた
16 min read


2022年、日本での自転車旅行 その1
2022/07/05 2年ぶりの日本で、静岡県奥安倍と大井川川沿いをサイクリングする計画など 「長距離か、短距離か、たくさんか、ちょっとだけか、それは問題じゃない。とにかく走れってことさ!」 エディ・メルクス (ベルギーの自転車レーサー) コロナ禍の私と自転車 コロナ禍においても、私は自転車で走ることを決してやめはしなかったが、走行距離は激減した。その理由は、長く続いた外出規制もあったが、それより精神的な面が大きかった気がする。私の暮らすオーストラリアのメルボルンでは、特に2021年は長期のロックダウン続きで、家から5キロ圏内しか外出が許されない時期が続き、私は浮かない日々を送っていた。家から5キロ圏内の道はどこも走ったが、同じところをぐるぐる回っていても面白くない。だから自転車で出かける頻度も減ってしまった。 しかし、今年の2月ごろになると、そのぼんやりと霧がかったような日々も終わった気がした。コロナ禍の規制もかなり緩和されたので、私もいよいよ2年半ぶりに日本へ帰国することを決めたのだが、旧友と日本でまたサイクリング旅行に行けると思うと
6 min read


2年半ぶりの日本のスナップ
2022/07/03 オーストラリアにいると珍しいことだが、徒歩と電車とバスを乗り継いで、メルボルン空港まで自力で行った 日本について二日目、サイクリング友達のT村は、「まずは足ならしに、三浦半島一周しよう!」と私を連れ出した。 調布のマンションに住むM城さんは、ベランダでネギと青梗菜を栽培していた。 久しぶりの日本では、西友で買ってくるお惣菜でも、大ご馳走だ 東京について3、4日すると広い場所で体を動かしたくなる。そこでいつも出かけるのは高尾山だ。 高尾山には天狗がたくさんいる。天狗たちに会うのも、この旅の目的の一つだった。 日本の山は、ただの山なのではなく、どこも霊山であることを識る。 法螺貝を吹いて悪霊を退散させる僧 こんな光景だって、海外にいると懐かしくなるのだよ。 私が最も恋しく思うものは、日本の書店である。もちろん神保町にも行った。 ついでに漱石の書斎も見てくる。 東京の街裏にも、こんな流れが復活していることも忘れてはいけない。 川崎、登戸にて。 静岡市にて。 滞在中、この自転車をかついで旅に出た。それについては、また!...
1 min read


ピントが合ってないといけないか?
2022年4月24日 4月頭、とうとうコロナに罹ってしまった。メルボルンの六人に一人がコロナに感染しているという話なので、もはや珍しいことではない。娘の大学院の卒業式の際、お祝いの食事を家族で食べに行ったら、ものの見事に娘からもらってしまった。まさに、「うつるんです」ってやつ。うつる時は、実に簡単にうつるもんだ。そして私から妻にもうつしたし、息子は2ヶ月前にもう個人的に罹っていたので、我が家は全員が感染したことになる。 コロナになってみて、最初嫌な感じだったのは、どれくらい具合が悪くなるかが分からなかったことだ。症状が全く出ない人もいる一方で、亡くなる人もある。私の場合、そのスケールのどれくらいまで行くのか?という恐怖感がややあった。PCRテストで「陽性」と出てから1日2日経つと、一通り症状が出始めた(熱、体の痛み、喉の痛み、咳など)。その後、3、4日寝込んだが、やがて徐々に回復した。咳は10日ほど出続けたし、2週間経った今もまだ体が少し重たい気がするが、ほぼ回復したと言えるだろう。あまり悪くならなくて、やれやれだ。 (息子に喉の薬などを買いに行
4 min read


紙芝居と絵本づくりワークショップ
2022/04/03 先日は、メルボルンの東、ナリウォレン市にあるバンジル図書館で、絵本作りのワークショップに紙芝居師として出演してきました。バンジル図書館は、とても立派な図書館で、上から見るとワシの形をした建物です。 絵本づくりワークショップの主催者は、Kid's Own Publishingという団体で、子どもたちとワークショップ形式で絵本作りを行い、それをその場でカラーコピー機を使って「出版」してしまう、という活動をしています。 私も、過去に2回彼女たちと仕事をしたことがありますが、とても楽しいワークショップです。 この絵本づくりワークショップは、毎回異なったテーマで開催されるのですが、今回は「私たちのことば」というテーマで、英語以外の言語を使って(使わないくてもいい)絵本を作ってみようというものです。その一環として、私には日本語で紙芝居を演じてほしいという依頼でした。 もちろん、ほとんどの子どもたちは日本語がわからないのですが、あまり言葉に頼らないでも分かる紙芝居を2、3点選んで演じてみました。日本語の紙芝居の特徴は、擬音語が多いこと。豚
2 min read


コロナ隔離の後
2022/03/20 気がついたら三月ももう下旬だ。今月頭、大学へ通い出した息子が新入生歓迎パーティでコロナに感染し、親子三人で1週間隔離ということになった。息子は喉が腫れて、熱が39度出て、三日ほどは惨めな状態であったが、4、5日すると元気をとりもどし、最後の二日は暇を持て余していた。 まだ夏時間ですが、秋は近づいています。 隔離中ですが、薪割りなんかもしました。 父親の私と女房も濃厚接触なので同じ期間隔離した。私など、息子の具合が悪くなる前日は一緒に車に一時間ほど乗ったが、不思議と感染しなかった。妻も感染しなかった。 というわけで、隔離の間中は家から一歩も出ず、買い物にも出られず、スーパーの宅配サービスも初めて利用した。妻は庭をぐるぐる何十周も歩いたり、ヨガのポーズをやったりして運動していたが、私はせいぜい庭の雑草抜きくらいしかしなかったら、やはり運動不足になった。 そこで隔離明け、久しぶりに自転車のタイヤに空気を入れて、一日走ってきた。出かけた先は、メルボルン北部のエルサム(Eltham)という郊外の街だ。ベルグレーブの我が家か
3 min read
bottom of page